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社会的に移行したトランスジェンダーの若者のメンタルヘルスと自尊心(Self-Worth)

F-2-002

原文
Durwood, L., McLaughlin, K. A., & Olson, K. R. (2017).

Mental Health and Self-Worth in Socially Transitioned Transgender Youth.

Journal of the American Academy of Child & Adolescent Psychiatry, 56(2), 116-123.e2. https://doi.org/10.1016/j.jaac.2016.10.016

抄録

目的

トランスジェンダーの児童にとって、社会的移行はますます一般的になってきている。社会的移行とは、児童が他の人々に対して、あらゆる文脈で「反対の」ジェンダーの一員であると示すことである(例えば、衣服を着用し、そのジェンダーの代名詞を使用するなど)。社会的に移行したトランスジェンダーの児童の幸福感(well-being)についてはほとんど知られていない。本研究では、社会的に移行したトランスジェンダーの児童の自己報告による抑うつ、不安、自尊心を、年齢とジェンダーを一致させた対照群とトランスジェンダーの児童の同胞という2つの対照群と比較して検討した。

方法

縦断的研究(TransYouth Project)の一環として、児童(9~14歳)とその両親が抑うつと不安の測定測定に協力した(n=63トランスジェンダーの児童、n=63対照群、n=38同胞)。児童ら(6~14歳、トランスジェンダー116名、対照群122名、同胞72名)は、自尊心についても報告した。精神的健康と自尊心をグループ間で比較した。

結果

トランスジェンダーの児童らは、抑うつと自尊心を報告したが、マッチさせた対照群(matched-control)や同胞と差はなかった(p = 0.311)、また、不安はわずかに高かった(p = .076)。全国平均と比較すると、トランスジェンダーの児童は、典型的なうつ病の割合(p = 0.290)を示し、不安の割合はわずかに高かった(p = 0.096)。保護者も同様に、トランスジェンダーの児童は対照群の児童よりも不安を経験していると報告し(p = .002)、トランスジェンダーの児童の抑うつ度は同等であると評価した(p = .728)。

結論

これらの知見は、社会的に移行していないジェンダー不適合児(gendernonconforming children)を対象とした過去の研究で、抑うつと不安の割合が非常に高いことが明らかになったのとは対照的である。これらの知見は、社会的に移行した児童の両親がメンタルヘルスの問題を組織的に過少申告している可能性があるのではないかという、これまでの研究からの懸念を軽減するものである。

SEGMによる解説

Durwood他による2017年の研究では、TransYouth Projectのデータを使用し、9~14歳の児童の抑うつ、不安、自尊心の尺度に関する両親と子ども自身の両方の報告を収集した。その結果は、TransYouth Projectのデータを用いた最初の研究(Olson et al, 2016)の結果をほぼ裏付けるものであり、社会的移行(social transition)は心理的機能の向上と関連していることがわかった。


これらの論文における著者ら自身の発言に注目することが重要である:
 
a) GD(Gender Dysphoria:ジェンダー違和/性別違和)の児童の思春期前の社会的移行には議論の余地がある。
 
b)「社会的に移行したトランスジェンダーの子どもたちの幸福感(well-being)」については、ほとんど知られていない。
 
c)この研究デザインでは、思春期前のGDの子どもたちの社会的移行が精神衛生上の転帰を改善するという因果関係の推論を導くことができないという認識を含め、彼ら自身の調査結果には多くの限界がある。

SEGMの平易な言葉による結論

この研究は、児童に社会的移行をさせるべきと説く人々によって引用された重要な実証研究の2つのうちの1つである(もう1つの研究はOlson et al, 2016によるもので、どちらもTransYouth Projectとして知られる同じデータソースを使用している)。
 
この研究結果は、社会的ジェンダー移行を受けた9~14歳のジェンダー違和(性別違和)のある児童は、ジェンダーが標準的な同年齢の児童と同様の心理学的機能を持っていることを示した。
 
本研究の著者らは、他の研究におけるジェンダー違和のある児童(gender-dysphoric children )の心理学的機能が通常は低レベルであることに対して、この高水準の機能は対照的であるとしている。
 
しかし、この研究には多くの重大な方法論的限界があり、社会的移行が心理学的利益をもたらす、あるいは利益が潜在的リスクを上回ると断言するために用いることはできない:

データソースはTransYouth Projectであり、子どもの転帰を長期にわたって追跡することに関心のある、ジェンダーに肯定的な親を対象とした取り組みである。そのような児童に見られる高いレベルの機能は、社会的移行の状況と関連している場合もあれば、そうでない場合もある。

TransYouth Projectのデータのもう一つの明らかな限界は、トランスジェンダーであることを自認しなくなった児童の親は、この長期的プロジェクトにとどまる可能性が低いということである。そのため、社会的移行を断念した児童にとって、早すぎる社会的移行がもたらす潜在的な負の結果は把握されていない可能性が高い。歴史的にみて、思春期前の児童の大半は最終的にトランスジェンダーであることをやめているため、この研究では、リスクに関する情報を提供することも、利益とリスクを比較検討することもできない。

さらに、TransYouth Project (Wong et al., 2019)のデータのサブセットを多変量解析で追加の変数(仲間との関係を含む)をコントロールした再分析では、社会的移行がポジティブな転帰と関連していることを実証できなかった。むしろ、肯定的な機能は肯定的な仲間関係によって説明された。Wongらの研究は、「社会的に移行した児童は、CGV(Cisgender Gender-Variant:ジェンダーに食い違いはあるが社会的移行はしていない)児童と同程度の心理社会的課題を経験するようである」と結論づけている。

この研究の著者ら自身も、小児の社会的移行が心理学的転帰を改善するとは結論づけないよう警告している。